「フレッシュ・デリ」について

作品情報

タイトル「フレッシュ・デリ(原題 De grønne slagtere / 英題 The green butchers)」

監督 アナス・トーマス・イェンセン

出演 マッツ・ミケルセン ニコライ・リー・カース ボディル・ヨルゲンセン リーネ・クルーセ 他

公開 2003年

上映時間 96分

オープンしたばかりの精肉店で思わぬ事故を起こした職人たちを描くハートフルコメディ。

ヨーロッパの映画祭で高く評価された隠れた名作。ビジュアルに騙されてはいけない。

◇安心してください、メイクです

日本版のDVDやBlu-rayのパッケージを目にして、どういう層が見たがるんだろうと心から疑問に思った本作。

驚くほど禿げ上がって絶妙なテカリ具合のオデコをしたマッツ・ミケルセンなんて、他では見られないはず。

もちろんメイクによるものなのだけれど、あまりにも馴染んでいてなんとも言えない気持ち悪さがある。

ちなみに本作は本国デンマークの映画祭「ロバート賞」のメイクアップ部門をめでたく受賞している。

日本では「007」のルシルフルやドラマ「ハンニバル」でのハンニバル・レクター役でブレイクする前のマッツさまの出演作。

シブくてカッコいいイメージを壊したくない人にとっては見るのがツラいかもしれない。

だけどマッツ・ミケルセンのホーム、デンマーク映画として、とてもリラックスした演技が楽しめる作品なのは間違いないのだ。

180cmの高身長、元ダンサーとして培われたムダのないスタイルと身のこなし、その全てを完全に無視した本作での扱い

監督アナス・トーマス・イェンセンはこの後も「アダムズ・アップル」や「チキン&メン」でマッツをダサ男として描いている。

何か恨みでもあるのか?とも思うけど、クールなマッツよりも、ダサくてウザいのになぜか憎めないマッツの方が見ていて楽しめてしまうのは、やはり監督の巧さなんだろう。

共演のニコライ・リー・カースも、肉屋の解体職人・ビャンと、ビャンの双子の兄弟・アイギルの2役を華麗に演じた。

メイクの効果は絶大だけど、それ以上に俳優たちの確かな演技力が楽しめて、脚本も務める監督のセンスが堪能できる名作なのだ。

◇ご褒美はブーメランパンツ

横柄な肉屋の主人に耐えかねて、自分たちの店を構えよう!と息巻く職人たち(主にスヴェンである)。

お金を出し合って店舗を構え、なぜか緑色にこだわるスヴェンの好みでグリーンに統一された制服や名刺を揃えて開店するも、お客が1人もこない。

ソーセージや特製マリネ液で作る肉のマリネなどの味付けを担当するスヴェンは八つ当たりをはじめ、手伝いに来ていた妻が怒って出て行ってしまう。

神経質そうでいて無神経・腕は良いけど小心者のスヴェン、妻がなぜ彼と結婚したのかがこの映画の最大の謎である。

解体を担当するビャンは淡々と働いているように見えるものの、プライベートではかなり複雑な事情を抱えていて、マリファナが手放せない。

スヴェンもビャンも何気に闇が深く、社会から孤立した者同士なのだ。

辛抱強さと無縁のスヴェンは、自分で怒らせたにも関わらず妻が出て行ったことや客が来ないことで落ち込み、上の空。

業務用冷蔵庫に作業員を閉じ込めるという1番やってはいけない類の死亡事故を起こし、動揺している最中に嫌味な肉屋の主人・ホルガーが挑発しにやってくる。

完全にパニックに陥っておでこに脂汗を浮かべるスヴェン、なんと作業員の肉をマリネにして肉屋の主人に売ってしまうのだ。

駆けつけたビャンも、ただでさえ独特の思考回路を持つスヴェンの言い訳を聞いて呆然とするしかない。

とにかく何もなかったことにしようと特大の蓋をして、全てを忘れようとする。

ホルガーの襲来からビャンへの言い訳まで、動揺しまくりのスヴェンは目が泳ぎっぱなし。

狼狽えて挙動不審になる様子を演じさせたら右に出るものはいないのではないかと思う、このマッツのキョドりっぷり。

どこか懐かしい気がすると思ったら、マッツの長編映画デビュー作「プッシャー」で演じたトニー坊やが、丸刈りですぐ目が泳ぐ役どころだった。

ホルガーは自分の客に食べさせてやる!とスヴェンの肉を客に振る舞い、バカにするつもりが思わぬヒットを生んでしまう。

前日まで客がゼロだったスヴェンたちの店の前に、長蛇の列が出来てしまったのだ。

俄然張り切って愛想良く仕事に励むスヴェンと、訝しげで素直に喜べないビャン。

ビャンの不安は的中し、作業員の肉がなくなった後スヴェンは肉を「調達」するという悪の道へ進み出すプチブレイキング・バッド状態。

あくまでも肝の座りはプチだけどやっていることはかなり悪どいスヴェンを、もはやビャンも止めることができない。

彼らはどこへ向かっていくのか。

脂汗でおでこは絶妙なテカリ具合・狼狽えて目が泳ぐスヴェンを見届けた人には、ご褒美にマッツのブーメランパンツ姿のシーンが待っている。

◇一言で言うなら、愛らしい

おでこに脂汗、ジャンキーな解体屋、人肉を売り捌くという人類のタブーまで盛り込まれた本作だが、画面の端から端まで常にほのぼの感が漂っている。

ビャンの双子の兄弟・アイギルも無垢と言えば無垢なキャラではあるけれど、この作品を愛らしさにみちびいているのは実は彼ではない。

フワフワと愛らしい雰囲気を作り出しているのは他でもなく、脂汗とマリファナの職人2人なのである。

どこまでも自分勝手で負けず嫌いなスヴェンは、客が入るようになった途端、別人のように愛想良く人と接して笑顔も見せる。

町の人気者になったスヴェンには、あちこちからお酒や娯楽のお誘いの声がかかるようになったのだ。

いじめられていた過去(どうも本当らしい)を持つスヴェンにとって、認められ仲間に入るよう誘われることは、何よりも嬉しいこと。

苦手なボーリングだって、もう仲間外れにされないようにと1人フォームの練習を重ねる姿は涙ぐましいものだった。

友達のいないスヴェンにとってはビャンだけが心を打ち明けられる貴重な存在。

ビャンから「会いたくないから追い払ってほしい」と頼まれれば、ビャンと瓜二つの言動が子供らしいアイギルだって、なんのためらいもなく無下に追い払う。

理屈の通じないアイギルはぬいぐるみを振り回して駄々をこねるが、「キリンを振りかざさないでくれ」と冷淡に告げるスヴェン。

あまり自分の話をしないビャンの事情は知らなくても、ビャンにとって好ましくないものは必ず取り除くことで友情を示すのだ。

アイギルとは仲良くなれないスヴェンは、最後まで障害をもつアイギルに大人気ない態度を貫くのだが、そんなところが彼らしくてなぜか和やかな気持ちにさせられる。

アイギルのせいで大事な人をなくし、鬱屈した感情を抱えていたビャンは、墓地でアストレッドに出会う。

今まで自身の過去を語らなかったビャンは、初めてアストレッドに墓地に眠る人々の話をし、アストレッドもまた大切な人を亡くしたことを知る。

同じ痛みを知る者同士は惹かれ合い、ビャンは普段見せることのない穏やかな表情を自然と出せるようになっていく。

全てが片付いた時のビャンの優しい顔といったらもう、感動するしかない。

暴走特急のようなスヴェンを時に蹴飛ばしながらも受け入れてくれる、懐の広いビャン。

アイギルやアストレッドも揃ったラストシーンでは、ほのぼのどころか「最高の映画見ちゃったぜ」と目を潤ませる人が多いはず。

どういう訳か(なんとなくわからんでもないけど)マイナーすぎる作品ゆえ、動画配信などに上がらないのが悲しい。

買って損はない作品だけど、とりあえずお試し、と思う人はまずレンタルで楽しんでみてほしい。

デリシャスなシネマ「フレッシュ・デリ」もあわせてどうぞ。

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