作品情報
タイトル「プッシャー(原題 Pusher)」
監督 ニコラス・ウィンディング・レフン
出演 キム・ボドゥニア ズラッコ・ブリッチ ローラ・ドライスベイク マッツ・ミケルセン他
公開 1996年
上映時間 105分
ドラッグディーラーのスリリングな1週間を描いたレフン監督のデビュー作品。
マッツ・ミケルセンがスキンヘッド姿で長編映画デビューした作品としても知られている。
◇デビュー作品は強烈に
2011年の「ドライヴ」でカンヌ国際映画祭・監督賞を受賞したニコラス・ウィンディング・レフン。
若き日の彼が撮った短編映画がプロデューサーの目に留まり、製作会社の出資を受け長編作品として世に出ることになったのが本作「プッシャー」である。
短編映画では監督自ら主演もこなしていたが、画面に映える整った顔立ちのナチュラルな男前で「ヤング」という愛称がしっくりくる、フレッシュな魅力の持ち主。
短期間・低予算で撮影された本作は、リハーサルをほとんど行わず、時系列通り撮影が行われていったという点が特徴。
あっという間に転落していくドラッグディーラー、圧倒的にリアルな”その道の人たち”の演技に自然と引き込まれてしまう。
リアル感を求めたレフン監督のだした「その道の人たちと仲良く過ごしてほしい」との指示通り、キャストたちは短期間それぞれ”裏社会の人たち”と共に生活を送ったそうだ。
その甲斐あってか、キャラクターの魅力が満載の映画として仕上がり、レフン監督は鮮烈なデビューを飾ることとなった。
ひょんなことから人生が転落の一途を辿る主人公・フランク役のキム・ボドゥニアはまさにハマり役。
その恋人役だったローラ・ドライスベイクは、今まで優等生な役どころが多かったため、本作での”高級娼婦”役を楽しんだらしい。
映画出演初となったズラッコ・ブリッチは、本作のミロ役でデンマークの映画賞・ボディル賞助演男優賞を受賞。
同じく映画出演初のスラッコ・ラボヴィックと共に、デンマークのドラッグ界を牛耳る人物を熱演した。
すっかりハリウッドの人気者になったマッツ・ミケルセンも、本作で映画デビューを果たした1人である。
現在の知的でシブい風貌とはかけ離れた強烈なビジュアルで出演した、若き日のマッツ。
演じたのはスキンヘッドの後頭部に”RESPECT”のタトゥーが入っており、基本的に頭が良くないものの憎めない、フランクの相棒・トニーというキャラクター。
以降「プッシャー 2」「プッシャー 3」を合わせてトリロジーとして認知されることとなった本作。
デビューと同時に鮮烈な爪痕を残した、デンマークの名作として間違いのない映画なのだ。
2010年にはインドで、2012年にはイギリスでリメイク版が公開され、イギリス版ではズラッコ・ブリッチがミロ役で続投。
ちなみに「プッシャー 2」ではトニーが、また「プッシャー 3」ではミロが主人公として物語が展開されていく。
シリーズ物でありながら完全に独立した作品としてそれぞれ違った魅力を放つ映画たちなので、ぜひトリロジー全てを楽しんでほしい。
◇フランクの1週間は地獄へのカウントダウン
「善悪ではなく、リアルな人や物を撮りたかった」と語るレフン監督。
たしかに主人公のフランクは、一般常識で判断するとなかなかのクズっぷりを発揮している。
どうしようもないクズでありながらも”根拠のない自信”だけで上手く人を出し抜いていこうとするところなんかに、人間臭いリアルを感じることができる。
何事もなく平和に過ごしている時のフランクとトニーの会話は80%が猥談で、上品さとは無縁の世界。
恋人(寝たことはないらしい)や相棒(すごくおバカさん)といる時と違い、自分より格上の相手にはへつらうような態度も見せるフランク。
フランクを演じたキム・ボドゥニアの身長は180cmだから決して小さくはない。
ところがミロ(197cm)やラドヴァン(190cm)に囲まれるとどうしても生まれる身長差と、いかにも”小物っぽい”態度がなんともユニークである。
小狡く稼ごうと考えるフランクは、借金がある身ながら新たな取引のための援助をミロに願い出た。
大口の取引のためならと引き受けたミロに対して「おたくの娘と結婚したら借金チャラになる?」なんて軽口も叩いてみせ、呆れさせてしまう始末。
当てにしていた儲け話がことごとく潰れてとうとうミロを怒らせたフランク、呆然として小さくなるしかなくなっていく姿は哀愁に満ちている。
かと思えば自分が気を許す相手にはキレ倒してみたりと、感情表現の端々に小物感が溢れていて清々しいほど。
そんなフランクさえも呆れさせることができるのは、相棒のトニー。
猥談以外の会話が出来ないのかと疑うほどくだらない話の中に、サラッと差別発言を挟み込んでみたりする、フランクのツッコミが追いつかないほどのおバカさんである。
いつもフライドポテトをつまみながらフランクと行動を共にし、回し蹴りを披露しようとして足を痛めたりする、褒められる要素が極度に少ない人物。
最終的に退場してしまったけれど「プッシャー 2」で主人公として戻ってきて多くのファンを感動させた。
フランクは自分を唯一好きでいてくれる恋人のヴィクさえも、大事にしようとしない。
ヴィクをどこまでも”ただの娼婦”扱いし蔑んでいるが、最終的に泣きつく相手はママとヴィクしかいないところが、一層哀れだ。
刹那的な快楽のみを求めるフランクには、結局何も残らない。
好調な週始め、暗雲漂う週半ば、命さえ危うい週末と、ジェットコースターのようなフランクの1週間は、今までの無軌道な暮らしのブーメランと言ったところである。
◇ミロ!ミロ!ミロ!
本作では個性的で奔放なキャラクターたちを楽しむことが出来る。
とりわけ魅力が爆発していたのは、ボディル賞を受賞したズラッコ・ブリッチの演じた、ドラッグ界の大物・ミロさまだ。
初登場時、自身の右腕であるラドヴァンとふざけ合って靴を脱がして遊んでいたミロさま。
フランクがやってきたことに気付くと嬉しそうに声をかけ、肩をギュッと抱いて歓迎する。
実は料理が趣味であるというミロさま、この日はみんなのために甘い甘い”トルンベ”というお菓子を作ってあげていた。
せっかく来たならと遠慮する(嫌がっている、とも言う)フランクにトルンベを勧めるミロさまは、美味しく作れるレシピまでフランクに教えてくれるのだ。
ラドヴァンによると「ミロは自分で食べない」そうなので、作ったものは人に振る舞って楽しんでもらうスタイル。
以降フランクがミロのもとを訪れるたび、咥えタバコで肉を捌いていたり、夕食をモグモグ食べていたりとキッチンの似合うボスっぷりを見せてくれた。
お手製トルンベは残念ながら不評だったが、ミロさまのすごいところは料理の腕前だけではない。
大量のヘロインを用意してほしいというフランクのお願いを笑顔で聞いていたかと思えば、次の瞬間「借金はいつ返せる?」と真顔でプレッシャーをかける。
フランクが大いなる失態を犯して謝りにくれば「なんか約束してたっけ?」とすっとぼけて見せる。
逃げ回るフランクを”お呼び出し”して連行させた時には「フランク、調子どうだ?」の一言で縮み上がらせることができるのだ。
飄々と振る舞い屈託のない笑みを絶やさないミロさまだが、そこはやはりコペンハーゲンを仕切る裏社会の男。
スキンヘッドにイカついガタイ、服装は常に黒で固めたショットガンの似合う側近のラドヴァンや、彼のいとこでこれまた体格の良いブランコは立っているだけで迫力がある。
それでもやっぱり怒らせると怖いのは、にこやかな笑みを浮かべたミロさまの方。
普段はデンマーク語で話すミロさまがラドヴァンたちとセルビア・クロアチア語で会話をしだしたら、フランクの望まないことが起きる前触れ。
深く通りの良い低音ボイスがより一層低くなれば、その後ブチ切れる用意が出来ているということである。
ミロさまだけでなく、キャラクターたち1人1人がいい味を出している本作。
フレッシュでパワフルなエネルギーを注入してくれる、最高にクールな世界を心ゆくまで楽しんでほしい。
デリシャスなシネマ「プッシャー」もあわせてどうぞ。