作品情報
タイトル「めぐり逢わせのお弁当(原題 Dabba 英題 Lunch Box)」
監督 リテーシュ・バトラ
出演 イルファーン・カーン ニムラト・カウル
公開 2013年
上映時間 105分
600万分の1の間違いから、お弁当と手紙のやり取りを重ねていく孤独な男女。
カンヌ国際映画祭では観客賞を受賞している。
◇イラの作る華麗なお弁当
お弁当先進国(?)の日本ではさまざまな形の高性能なお弁当箱が売られている。
そんな中初めて見たインドの無骨なアルミ製の縦型お弁当箱に、妙に惹きつけられた。
物語の主人公は、孤独な主婦のイラ。
夫はいつも仕事から帰ったあと、テレビかスマホを見ている。
倦怠期の見本のような夫婦には、小学生くらいの娘がひとりいる。
夫の気を惹きたいイラは上階に住む叔母に相談しつつ、心を込めてお弁当を作った。
ここでミラクルとも言える誤配送に遭い、夫はどこかの仕出し弁当を食べるハメなる。
そしてイラのお弁当は、見知らぬ誰かが残さず食べてくれたようだ。
まるで気付かないダメ夫と、気付いてしまったイラ。
それでもお弁当箱がキレイに空っぽだったことがとにかく嬉しかった。
食べてくれてありがとう、と手紙をしたためてお弁当箱にしのばせ、翌日も配達人へ託す。
その日も空っぽになって戻ってきたお弁当箱には「塩辛かった」というダメ出しのメモが。
イラよりも怒ったのは上階の叔母さん。
間違った弁当を勝手に食べておいて呆れたヤツだ!懲らしめちまいな!とイラを唆して唐辛子を大量投入させる。
その甲斐あってか、翌日には「バナナで口の中を鎮火した」と言う哀れな男・サージャンからの返事が。
これを機にイラとサージャンは手紙とお弁当で交流を深めていく。
イラの作るカレーはどれもこれも美味しそうで、いつも難しい顔のサージャンを笑顔にしてしまうほど。
お祖母さんのレシピだという絶品のリンゴ料理がどんな料理だったのか、すごく気になる。
もう一つ気になったのが、ダッバーワーラーという仕事。
100年以上もの歴史を誇る彼らの仕事の正確さは、イギリスでドキュメンタリー番組に取り上げられ、チャールズ皇太子が見学に来るほど。
誤配送の確率は600万分の1、彼らに託せば雨の日でも風の日でも正確に、ランチタイムにお弁当を届けてくれる。
ストーリーの流れの美しさに感心しつつ、ダッバーワーラーたちに思いを馳せ、見終わったら絶対カレーを食べよう!とカレーへの想いが募る作品なのだ。
◇胃袋を掴まれまくる男、サージャン
もう1人の主人公が、早期退職間近のサージャン。
妻に先立たれて以降気難しさに拍車がかかったのか、仕事をこなし、帰ったらぼんやりタバコを吸うだけ。
味気ない生活を送るサージャンの前に現れたのは、サージャンの仕事を引き継ぐために雇われた若者と、いつもより数倍美味しいお弁当。
香りを嗅ぎ、どんどん食べ進めるうちに眉間のシワが消えていくサージャン。
仕出しを頼んでいた弁当屋に退職を告げに行ったついでに、「今日のお弁当はすごく美味しかった!」なんてウキウキ褒め言葉をかける。
「やったね!明日もカリフラワーを入れてあげよう!」なんて喜ぶお店の人たち。
毎日イラの夫にカリフラワーを食べさせることになるとは知る由もないのだ。
明くる日もワクワクお弁当箱を開くと、食べようとしたチャパティの下にはなんと手紙が!
「キレイに食べてくれたお礼にパニールをどうぞ」なんて思いがけない文面についニヤけてしまう。
不器用ながら返事を書いたサージャンだったが、不器用すぎたせいで翌日は唐辛子攻撃にあい、みごと撃沈。
それでも生真面目に感想を書いてお弁当箱を返した。
以降イラのお弁当と手紙を待ちわび、お昼が近づくとソワソワしてしまう完全に胃袋を掴まれたサージャンが可愛い。
イラが悩んでいると励まし、落ち込んでいると笑わせる絶妙な返事を書くサージャン。
イラに忠告されると禁煙だってできちゃうほど、小さなときめきで満たされていく。
イラもサージャンも、深い孤独と将来の不安を抱えている。
それでも赤裸々に思いを綴り、イラはお弁当を作ること、サージャンはお弁当を食べることで心を通わせ、満たし合うことが出来た。
たくさんのやりとりから、会ってみないか?という流れになった2人。
それぞれが行動を起こし、殻を破って変化していくことになる。
…のだけど、サージャン最高!というか監督最高!そしてやっぱりカレー食べたい!と心動かされるエンディングだった。
◇陽気な救世主たち
イラとサージャンを取り巻く環境は、結構ヘヴィだ。
どちらも親しい人の死を経験しているし、友人がいるようにも見えない。
あちこちにインドという国が抱えている問題も散りばめられているのだけど、決して重く描かれていないのはなぜか。
それは2人の生活にばっちり関わってくれている陽気な救世主たちのおかげ。
イラにとっては、上階に住む叔母さん。
最後まで姿を見せず声だけの出演だったのに、存在感が圧倒的。
イラの料理にアドバイスをし、必要な材料を窓から吊り下げたカゴで届けてくれる。
そもそもお礼の手紙を書くように勧めてくれたのもこの叔母さん。
「料理は愛を深める」なんて名言を持っていたりする、イラにとって守護神のような存在なのだ。
もう1人の救世主は、サージャンの後任として現れた若者・シャイク。
初日からニコニコと愛想の良いシャイクだけど、人除けの結界を張る男・サージャンはシャイクから逃げ回る。
仕事の指示さえ出さず邪険に追い払うサージャンと、追い回すシャイク。
シャイクの境遇を知ったサージャンがようやく彼に仕事の(かなり雑な)指示を出してから、2人は距離を縮める。
シャイクの行動は常にぶっ飛んでいる。
一緒に帰りましょう!と勝手に着いてきてサージャンと電車に乗るシャイク。
なぜか席に座わるとニコニコと野菜を切りだす。
分厚い書類はまな板に早変わり。
こうしておけば帰って鍋に放り込むだけ!という彼なりの時短テクらしい。
後から打ち明けられるのだけど、この時シャイクは切符を持っていなかったらしい。
以降現れるたび図々しく強引な行動でサージャンを混乱させるのに、なぜか憎めないキャラのシャイク。
最初は宇宙人を見るように接していたサージャンも、家に招かれてシャイクのお手製パサンダを食べたり、結婚式で後見人を務めるほど打ち解けあえるようになった。
そしてこの映画のキーワードになったシャイクの名言が「人は間違った電車に乗っても、正しい場所に着く」。
「お母さんがよく言っていた言葉だ」というシャイクに「君は孤児では?」と問うサージャン。
シャイクは悪びれもせず、「そうですよ!でもお母さんが言ってた、の方がちゃんと聞いてもらえるから!」とのたまう。
お母さんの件も含めて名言すぎるシャイクの言葉は、サージャンの眉間のシワをほぐしてくれるのだ。
インドでの日常が静かに描かれていく中、スパイスの香り、蒸し蒸しとした温度がすぐそこに感じられる本作。
お供にはぜひ、濃い目に入れたチャイを。
デリシャスなシネマ「めぐり逢わせのお弁当」もあわせてどうぞ。